大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)218号 判決

被告人 周英浩

〔抄 録〕

控訴趣意第一、について。

原判決が被告人に対する公訴事実中、被告人は昭和三〇年一〇月五日午後零時五〇分頃神奈川県川崎市富士見町一八〇番地川崎競輪場内第四スタンド出入口階段上において横浜市鶴見区東寺尾一六二三番地工員大林政治当四〇年のワイシャツの左胸ポケット内より同人所有に係る現金一千円を掏り盗つたとの点については犯罪の証明ありとなすに足らないものとして無罪の言渡をしていることは所論のとおりである。そこで記録を精査し、且つ当審における事実取調の結果に徴するに、原審第二回公判調書中証人大林政治の供述記載、同公判調書により適法な証拠調を経たことが認められる同人の司法警察員竝びに検察官に対する各供述調書、原審第三回公判調書により適法な証拠調を経たことが認められる原審証人大林政治に対する原裁判所の尋問調書、当審証人大林政治に対する当裁判所の尋問調書、原審第三回公判調書により適法な証拠調を経たことが認められる原審検証調書、原審証人酒井清三に対する原裁判所の尋問調書、酒井清三の検察官に対する供述調書、当審証人酒井清三の当公廷における供述、原審第一回公判調書により適法な証拠調を経たことが認められる現行犯人逮捕手続書、大林政治の掏摸被害届書、当審証人阿部寅雄に対する当裁判所の尋問調書を綜合すれば、大林政治は昭和三〇年一〇月五日午後零時三〇分過頃川崎市富士見町一丁目一八〇番地川崎競輪場バックスタンド第四スタンド出入口階段上附近のスタンド通路に立ち折柄開始された第三レースをスタンドと競走路との仕切の金網に接着して熱狂しながら観覧していたところ、同レースに参加した選手等が一団となつてゴールに入ろうとしたとき、大林政治は突然左後方から自己の着用していたワイシャツ左胸ポケットの辺をぐつと押された感じを受けたので、その刹那左胸ポケットを手探りすると、それまでそのポケットに裸の儘二つ折にして入れて置いた百円札一〇枚の束がなくなつていたのに気付いたので瞬間的に左横を見ると、自己の左側直ぐ斜め後の男がさつと同人から離れて立ち去ろうとしていたので、大林政治は咄嗟にその男が右札束を掏つたものと直感し、左腕の横にひつこんでいたその男の右手を掴み「掏摸だ」と大声で叫ぶと、その男は着ていた背広の上衣を右左に拡げて「俺は掏らない」と云い、人だかりしてくるのを見て「話をつけるから下に行こう」と云つて後向きに歩きかけた際、競輪予想屋天一坊こと酒井清三がその場に来合わせ、大林政治に対しその男の足許を指し「ほらそこに金が落ちているよ」と教えたので同人がその方を見ると、後向きになつたその男の左足斜め前約一尺のところに百円札一〇枚の束が落ちていて、同人が「あつ、これは俺のだ」と云つてそれを拾い上げて見ると、それは同人が左胸ポケットに入れて置いた百円札一〇枚の束であつて、只その札束は泥に汚れていたこと、大林政治が「掏摸だ」と叫んで掴んだ自己の左腕の横にひつこんでいた手の主が被告人であり、大林政治が左胸ポケット在中の札束がなくなつたことに気付いて左横を見たとき、同人の左横及び左後側にいたのは被告人一人であり、被告人のそばにいたものはなかつたこと及び大林政治の着用していたワイシャツ左胸ポケットは釦付きで蓋があるものであることを認めることができるのである。又前記酒井清三の検察官に対する供述調書、原審証人酒井清三に対する原裁判所の尋問調書によれば、川崎競輪場において競輪予想屋を業としている天一坊こと酒井清三は昭和三〇年一〇月五日第三レースが始まると直ぐ同競輪場内第四スタンドの上の方でレースを見ていたが、レースの結果は意外に大穴で観衆は暫く茫然とした形でまだスタンドに立つた儘でいる間に、同人は予想どおりの選手が三人先頭になつてゴールに入つたので一刻も早く商売をしている場所である第一投票所裏側へ戻ろうとして、急いでスタンドから降りて最低部の通路を通つて第四スタンド出入口階段附近まで来ると、二人の男がもみ合つていてその一方が「掏摸だ」「掏摸だ」とわめいているので見ると、一人は工員風の田舎じみた感じがする男で、これが相手の茶色の背広を着た紳士風の男の手を掴えて離すまいとし、しきりに「掏摸だ」と叫びたて、相手は捕えた手を振り切つて階段を降りようとしている有様であつたこと、その場に警察官が来るまでは紳士風の男は蒼ざめた顏色で、なんとかしてその場を逃れようとする気配を見せていたのが、警察官が来ると途端に強くなり「俺が掏つたというなら出る所へ出よう」と云つていたこと、及び競輪場においてレースが行われる場合、選手がゴールに入る寸前は観衆が息をのんで見ているので、見ている場所を動くようなことはせず、選手がゴールに入つた瞬間は観衆が息をのむ瞬間なのでしーんと静かで移動はなく、選手がゴールに入つた直後も直ぐにはざわめきが起らず、四秒位過ぎてからざわめくのが通例であつて、同日酒井清三が第三レースの選手のゴールに入つた直後スタンドから動き出す前に第四スタンド最低部の通路を移動した人はなく、同人が云い争つている二人のいる所へ行つたとき、その附近の観衆のうち動き出す人は一人もなかつたことが認められるのである。そして原審第三回公判調書により適法に証拠調を経たことが認められる被告人の昭和三〇年一〇月六日附司法警察員石田末雄に対する供述調書によれば、被告人は昭和三〇年一〇月五日午後零時三〇分頃川崎競輪場に入場し、第四スタンド出入口階段上附近で第三レースを見ていたが、第三レースが終ると直ぐ側にいた男からいきなり右腕をつかまれ金を掏つたろうといわれ、被告人は掏らないと云つて口論をしていたこと、及びその口論していた際被告人の足許に百円札一〇枚が落ちていたことを認めることができる。被告人の検察官に対する供述調書中被告人は昭和三〇年一〇月五日川崎競輪場の第三レースの始まる直前第四スタンド出入口階段を上つて七、八米行つたところの金網の直ぐそば、つまりスタンド一番下のところに立つて第三レースを見ていたが、第三レースが終つた直後被告人の附近に立つていた一人の男がさつとその場を立ち去つたので、被告人は自己の経験から考えて掏摸のように感じ一種の好奇心からその男の後を追つて階段口に向つて行くと、一人の男にいきなり右腕を掴えられ金を掏つたろうといわれたとの供述部分は当裁判所の措信し難いところである。しからば被告人の検察官に対する供述調書を除く前記各証拠により大林政治が第三レース開始前に左胸ポケット内の百円札束を自ら第四スタンド通路上に落していたものと想倒すべき何等の事由をも認められない本件においては、叙上各証拠により認定される事実を綜合して、被告人が大林政治の着用していたワイシャツ左胸ポケット内から、同人がレースに夢中になつていた隙に乗じ同人所有の現金千円を窃取したものと認めることができるのである。しかるに原判決が被告人の右窃盗の事実は犯罪の証明ありとなすに足らないものとして無罪の言渡をしたのは事実を誤認したものであり、この事実の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから論旨は理由がある。

(加納 吉田作 山岸)

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